2009年06月22日

腸球菌(ちょうきゅうきん)とは主にヒトを含む哺乳類

腸球菌(ちょうきゅうきん)とは、主にヒトを含む哺乳類の腸管内に存在する常在菌のうち、球菌の形態をとるものを指す。

外界で増殖しにくく、人畜の糞尿で汚染されていない限り、環境中の水や土壌にはほとんど分布していない。また、大腸菌よりも加熱や冷凍に対する耐性が強く、大腸菌群同様に汚染指標として、食品衛生法の清涼飲料水(ミネラルウォーター)基準などに用いられている。

特定の細菌種ではなく「ランスフィールドによる分類のD群」に属する約20種の総称で、医学・衛生学的な分類。

健康な人間の腸内から一般的に検出され、通性嫌気性でグラム陽性の連鎖球菌であって、グルコース、マルトース、ラクトース、スクロースを分解し、60℃の加熱に30分間耐える菌が該当する。 また、カタラーゼ非生産でエスクリンの加水分解能を持ち、これを検出試験に利用する。

主な種としてEnterococcus属のE. faecalis、E. faecium、E. avium、E. casseliflavus、E. gallinarum、E. flavescensなどがある。
バンジージャンプ
地球温暖化
体外離脱
白血病
花見
VDT症候群
元素周期表
油彩画
民話
翻訳
賃貸借
水上スキー
漢方薬
スキー
心療内科
妖怪
血液学
近畿地方
ウエストナイル熱
中国地方

病原性 [編集]
病原性は弱く、通常であれば害はない。ただし、免疫不全など細菌感染に対する抵抗力が低下した患者に対する日和見感染の例が知られ、場合によっては敗血症などを引き起こすおそれがある。

ここで問題となるのは、畜産で多用された抗生物質による耐性菌の存在であり、バンコマイシン耐性腸球菌:VREとして知られている。

2009年06月04日

ルカによる福音書

『ルカによる福音書』(―ふくいんしょ、ギリシア語: Κατά Λουκάν Ευαγγέλιον、ラテン語: Evangelium Secundum Lucam、英語: The Gospel According to Luke)は、新約聖書中の一書で、イエス・キリストの言行を描く四つの福音書のひとつ。『マタイによる福音書』、『マルコによる福音書』、『ルカによる福音書』(以下『ルカ福音書』)の三つは共通部分が多いことから共観福音書とよばれる。

福音書中には一切著者についての言及はないが、それぞれの冒頭部分の献辞などから『使徒言行録』と同じ著者によって執筆されたことは古代から認められており、現代の学者たちのほとんどが本福音書と使徒言行録は著者による二巻の作品が新約聖書の成立過程でイエスの生涯を記す福音書と、イエス後の教会の発展史という観点から分離して配列されることになった可能性が高いと考えている。(このため、『ルカ福音書』と『使徒言行録』をあわせて「ルカ文書」と称することもある。)伝承では『ルカ福音書』の著者はパウロの弟子の医師であるルカとされてきた。その名は『フィレモンへの手紙』等に見られる。
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聖書学者ユード・シュネルは『新約聖書 その歴史と思想』において「ルカ福音書と使徒言行録は、言葉の使い方からも、その思想的色合いからも強い関連性が見られ、おそらくは同じ著者によるものであろうと考えられる」と語っている。更に本来『ルカ福音書』と『使徒言行録』は一冊の本であったものがある時期になって分割されたという説も出された。しかし、その場合には『使徒言行録』冒頭部分を別人による付加とせねばならないし、執筆当時の標準的な書物の形態であるパピルスの巻物では、それぞれが1冊とできるほぼ限界の長さであることなどから、現在では認められていない。

2009年05月01日

藩政改革

藩政改革(はんせいかいかく)は、江戸時代の幕藩体制において、各藩が行財政の再建のために行った、政治・経済の改革の事を指す。

特に江戸幕府の天保の改革などの幕政改革と同時期に盛んに行われた改革の成果によって藩財政が改善された藩として、薩摩藩や長州藩などを挙げることができる。幕末に雄藩と言われる程の力を得ることができた藩も出現した。

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幕藩体制下の政治では、基本的に祖法(先代以前の法、特に初代藩主・当主とされる人物が定めた法令は未来永劫に伝えるべき絶対的な規定とされた)を重視し、その改廃は「不孝」「不忠」の振る舞いであると考えられてきた。だが、江戸時代中期以後に入ると財政難が深刻になってきた。その主な原因は以下に挙げられるようなものである。

参勤交代や幕府からのいわゆる「御手伝い普請」によって、多額の出費を強要された。
貨幣経済が社会全体に浸透する一方で、米価は下落傾向にあり、「米」を経済主体として運営する幕藩体制がこの流れに適応できずにその実収入は減少していった。
度重なる災害や飢饉によって臨時の出費が発生した。
平和な世の中が続き、大名以下家中全般に奢侈な生活態度が普及していった。
これに対して、初め諸大名は検見の強化や検地の実施などの年貢増徴、大都市の商人などからの借金や倹約令による財政支出の引締めや新田開発・鉱山開発、藩内商人などからの御用金徴収などによる財政収入の増強、更には「半知借上」などと言った家臣に与える俸禄の事実上の削減などといった対策で一時的に賄おうとしてきた。

だが、こうした政策は一時凌ぎ以上のものではなく、却って家中・領内に不満を鬱積させ、人心の荒廃を促進させて、藩政の危機を深刻化させる一方であった。

そこで、藩内の行財政や経済機構に抜本的改革を加えて財政の安定化を図るための改革の必要性が唱えられるようになった。だが、それは同時に「祖法重視」という幕藩体制の基本理念を否定するものであり、一歩間違えれば藩政そのものの崩壊に繋がりかねない危険性も孕んでいた。

2009年04月16日

東西分裂

1318年頃にはケベクがハンに即位するが、彼は即位前の本拠地であったカシュカダリヤのカルシに宮殿を築いて居座った。このころより、遊牧民の都市定住化、それにともなうイスラム化、および言語的なテュルク化が進んだが、それが遊牧国家特有の、部族集団間の政治的対立を深刻なものにしていったと考えられる。

チャガタイ・ウルスは始祖チャガタイの時代こそムスリムの宗教的慣習を遊牧民の法令で規制して抑圧したが、チャガタイの曾孫にあたるムバーラク・シャーがその名からもムスリムであることが明らかなように、チャガタイの孫、カラ・フレグやオルクナ以降の世代では、中央アジアの住民の大多数を占めるムスリムに対して融和的であった。ムバーラク・シャーより後は、ケベクまでは仏教徒であったとされるが、1324年に即位した弟のタルマシリンはイスラムに改宗し、足繁くモスクに通う敬虔なムスリムとなっていた。

このころより、マーワラーアンナフルのオアシスに定着し、都市文明に慣れ親しんでいた西チャガタイ・ハン国の人々は、ハン国の始祖の名を取って自らを「チャガタイ」と自称するようになった。チャガタイ人たちはイスラム化・テュルク化が進み、特に言語的には完全にテュルク化していたので、歴史家に「チャガタイ・トルコ人」(トルコ人はテュルクと同義)と呼ばれることもある。

これに対して、東のセミレチエやイリ渓谷など天山山脈北麓の草原地帯で純粋な遊牧生活を保っていた諸部族は、自身を「モグール(モンゴル)」と自称してモンゴル帝国以来の遊牧民としての矜持を誇り続けた。モグールたちはモンゴルの伝統を失ったチャガタイ人たちを「カラウナス(混血児)」と呼び、チャガタイ人たちは都市文明を理解しないモグールを粗野な人々と蔑んで「ジェテ(夜盗)」と呼んだ。

このような分裂傾向も加わって、タルマシリンより後のチャガタイ・ハン国は、ドゥアの子孫の間でハン位が頻繁に交代される混乱に陥り、20年ばかりの間に何人ものハンが改廃された。1340年頃より後には、チャガタイ・ハン国はおおよそパミール高原を境界として政治的に完全に東西に分裂していた。

分裂後のチャガタイ・ハン国のうち、イリ渓谷およびセミレチエの草原を中心に東トルキスタンを支配した東部のモグールたちの政権を東チャガタイ・ハン国、マーワラーアンナフルを中心に西トルキスタンの南部を支配した西部のチャガタイ・トルコ人たちの政権を西チャガタイ・ハン国という。

東西チャガタイ・ハン国の再編と消滅 [編集]
15世紀半ばになると、西チャガタイ・ハン国ではチャガタイ家のハンが完全に実権を失い、アミールの称号を持つ有力な部族の指導者たちが各オアシスに割拠してハン国の覇権を争うようになった。

一方、東チャガタイ・ハン国では一時的にハンが断絶したが、1347年頃にドゥアの息子エミル・ホージャの落胤であるというトゥグルク・ティムールという少年が発見され、東チャガタイ・ハン国のハンに即位した。トゥグルク・ティムールは天山山脈の南に広がるタリム盆地の諸オアシスを制圧し東トルキスタンを再統一すると、1360年にはシル川を渡河してマーワラーアンナフルに侵入、西チャガタイ・ハン国の諸部族を服属させてチャガタイ・ハン国を一時的に再統一した。トゥグルク・ティムールの死後、マーワラーアンナフルの諸部族は再びハンから離反したため統一は失われたが、彼が再編して以降の東チャガタイ・ハン国は史料上「モグールのウルス」と呼ばれるようになり、モグールの支配したイリ渓谷周辺は「モグーリスタン」と呼ばれたのにちなんで歴史家によって「モグーリスタン・ハン国」と呼ばれている。

トゥグルク・ティムールの死後再びアミール同士の抗争が再燃した西チャガタイ・ハン国では、トゥグルク・ティムールによってバルラス部のアミールに任命されていたティムールが勢力を伸ばし、1370年にマーワラーアンナフルを統一した。ティムールの開いたティムール朝は、君主がチンギス・ハーンの血を引いていないという弱点があったので、チンギス・ハーンの末裔の王子を傀儡のハンとして擁立していたが、もはやそのハンの出自はチャガタイ家であることにはこだわられず、やがて傀儡のハンも立てられなくなった。

モンゴル帝国の再統合を目指して勢力を拡大したティムールは旧主のモグーリスタン・ハン国にも出兵し、一時はこれを服属させたこともあるが、モグーリスタン・ハン家はこれ以降も存続した。しかし15世紀の前半になるとジョチ・ウルスの流れを汲むウズベク、カザフという二大遊牧集団に圧迫され、モグーリスタンの王族や諸部族は次第に南遷してタリム盆地のオアシスに移り、かつてのチャガタイ人と同様に定住化・テュルク化していった。

16世紀には、チャガタイの末裔の王族たちはヤルカンド・ハン国を形成してタリム盆地西部のオアシスの支配者になっていたが、政治の実権は次第にイスラム神秘主義教団のホージャたちに奪われていった。1680年、タミル盆地は全域がチベット仏教徒のモンゴル系遊牧民ジュンガルのハン、ガルダンの手に落ち、これによりチャガタイ家系のハンによる政権は消滅した。

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2009年04月02日

クコ(枸杞、学名:Lycium chinense)

クコ(枸杞、学名:Lycium chinense)は、中国原産のナス科の落葉低木。食用や薬用に利用される。日本や朝鮮半島、台湾などにも移入され、分布を広げている外来種でもある。

枝は長さ1m以上、太さは数mm-1cmほどで、細くしなやかである。地上部は束状で、上向きに多くの枝が伸びる。枝には2-5cm程度の葉と1-2cm程度の棘が互生するが、枝分かれは少ない。垂直方向以外に地上にも匍匐茎を伸ばし、同様の株を次々と作って繁茂する。

海岸、河原、田畑の畦、空き地の周囲など、人の手が加わりやすく、高木が生えきれない環境によく生える。ある程度湿り気のある水辺の砂地を好む。

性質は丈夫であり、しばしばハムシの一種トホシクビボソハムシ(Lema decempunctata)の成虫や幼虫が葉を強く食害したり、何種類かのフシダニが寄生して虫癭だらけになったりするが、それでもよく耐えて成長するし、乾燥にもよく耐える。一旦定着すると匍匐茎を伸ばして増え続け、数年後にはまとまった群落となることが多い。

開花期は夏-初秋で、直径1cmほどの小さな薄紫色の花が咲く。果実は長径1-1.5cmほどの楕円形で、赤く熟す。

利用 [編集]
果実は酒に漬けこんでクコ酒にする他、生食やドライフルーツでも利用される。また、柔らかい若葉も食用にされる。

クコの果実、根皮、葉は、それぞれ枸杞子(くこし)、地骨皮(じこっぴ)、枸杞葉(くこよう)という生薬である。ナガバクコ(学名Lycium barbarum)も同様に生薬にされる。 月経促進や人工中絶薬の作用をする成分(ベタイン)が含有されている為、「妊婦あるいは授乳中の摂取は避けたほうがよい」[1]との情報がある。 ワルファリンとの相互作用が報告されている。[2]
じんのおび トップライト テドラル なかよし ナベラル モルグ ベニデュ ムード フォワグ ビアガ 芽キャベツ セーラー ローレライ ビーフ シャッター トリノ むぐらふ ノッポ リップ チェン デコレータ サカユ ききょう キウイ デッド ハイウェイ ブロック シリーズ フィクシ ミレニアム リチェ リスチン かくぐう ラウィ フワン フラグ サーチトゥ ニック スポット レーベル 迷い道 カエサ タピオカ リトライ オブソ ソフトテニ ナンス カシミ プルーン おびひろ

枸杞子
血圧や血糖の低下作用、抗脂肪肝作用などがある。
精神が萎えているのを強壮する作用もある。また、視力減退によい、抗がん剤や放射線の副作用を抑制すると言われている。が、科学的に十分な情報は不足している。
地骨皮
抗炎症作用、解熱作用などがある。清心蓮子飲(せいしんれんしいん)、滋陰至宝湯(じいんしほうとう)などの漢方方剤に配合される。
枸杞葉
血圧の低下作用などがある。クコ茶にする。

2009年03月18日

日光の社寺

日光の社寺(にっこうのしゃじ)は、栃木県日光市に存在する寺院等の総称。「日光山内(にっこうさんない)」または「二社一寺(にしゃいちじ)」とも称される。

1998年(平成10年)5月14日、世界遺産登録推薦にさきがけて国の史跡に指定された。指定名は「日光山内」、管理団体は日光市である。従来、建造物については国宝や重要文化財に指定され、保護が図られている山内地区であったが、面的な保護策は講じられていなかった。そこで、文化庁、栃木県教育委員会、専門家、学識経験者が協議し、二社一寺をはじめとする土地所有者、土地占有者ならびに関係者等の協力を得て日光山内50.8ヘクタールが文化財保護法にもとづく史跡指定を受けた。
チャージ タラソ パント トレード 赤ランプ ヒョウ ナブラ ブルマナ スラト トムトム あしたば おれたち シュズ ルームメ カミオ シシュフ パナマ ダウン すだち ダイナ オカル チンギス リージア ネオジ つるが リニティ バップ オロシ かいづか あつま 石榴 ジエンド プレッ ラウンジ ドロップ ビクー ひらら ビノク シェーカー ラタトゥ 麦わら イキシア パッチ ウイロ 麦わら帽子 単発ガ ネイビー ライフ ムスリム ロベリア

世界遺産登録 [編集]
1999年12月2日にモロッコのマラケシュで開催されたユネスコ世界遺産委員会で文化遺産として登録された。登録名は「日光の社寺」である。

日光東照宮
日光二荒山神社
日光山輪王寺
103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の「建造物群」と、これらの建造物群を取り巻く「遺跡(文化的景観)」が登録されている。

2009年03月03日

兜甲児が開発した地球製飛行円盤

TFO(ティーフォー)
兜甲児が開発した地球製飛行円盤。外見はアダムスキー型と呼ばれるUFOに近い。超合金Z(マジンガーZの装甲)製で動力は光子力である。Tは「地球」を意味するラテン語Terraから来ている。全長7.5メートル、重量1.2トンで最高速度マッハ4、電離層まで飛行可能という(なお、当時の雑誌等では最高速度が遷音速以下という表記も見られた)。
初期話では本機が前作までの歴代女型ロボットの役目を果たすことが多く、グレンダイザーに先んじて現れ、ミサイルを放つも円盤獣の反撃に遭いあえなく撃墜、というパターンが多かった。
武装
ミサイル
JFO
兜甲児が開発した地球製飛行円盤。三角形の戦闘機のような形状をしている。第30話のみの登場だったがTFOからダブルスペイザーへとつながる機体とされる。当時は「甲児の円盤」としか記載されておらず、いつのまにか書籍でJFOと紹介されるようになったものである。
ウルトラサブマリン
宇門博士が開発したグレンダイザーの水中バイク型深海用ユニット。乗用タイプのためかスペイザーとは呼称されない。マリンスペイザーでは潜れない深度への潜水を可能とする。そのため密閉式のキャノピー内に腕だけを外に出したグレンダイザーを格納する。全長36メートルで、重量95トン、限界潜航深度は3,000メートルとされる。単独での飛行も可能。第67話のみの登場だが、ベガ星連合軍の海底基地を壊滅させる大活躍をした。
武装
サブマリンミサイル
機首より発射する二連装ミサイル。
サブマリンドリル
機首中央の穴より出てくる巨大なドリル。体当たり時に使用。
サブマリンストーム
ドリルと同じ穴から高圧の水を発射する。
チェーンアタック
機首の脇から四本の鎖を発射して、敵を捕獲する。そのまま牽引して水上に引き上げるのに使用した。
コズモスペシャル
ベガ星連合軍との最終決戦に使われた3機合体式の特殊スペイザー。3機の地球製スペイザーが宇宙に行けなかったために開発された。他の地球製スペイザーと異なり、グレンダイザーとの合体機能はない。詳細データ不明。
ボスボロット
『マジンガーZ』、『グレートマジンガー』に次いで第14話と第31話に登場。ゲスト程度の出演だったが、ハンドメイドのボスボロットの技術レベルの違いに驚いたベガ星のスパイにより奪われたこともあった。グレンダイザーに対抗するためボススペイザーなる新装備も手作りされた。この出演により主役メカを差し置いて3作すべてに登場したロボットとなった。
円盤獣
ベガ星連合軍が地球侵略の為に送り込む戦闘ロボット。いずれも円盤に変形する機能を持っている。1体ごとに形状も性能も様々。洗脳されたフリード星人の脳が組み込まれている事がナイーダより明かされているが、この事実を告げた時のナイーダは洗脳されていた為、どこまで信憑性があったかは謎である。(『スーパーロボット大戦』などの後年のゲーム作品では「デュークを陥れるための嘘だった」とナイーダやルビーナが答えるシーンがある)最初に倒された円盤獣ギルギルが、ナイーダの弟シリウスだったと告げられた際にデュークは一時的に発狂してしまうほどのショックを受けるが、以後の戦いでその事実を意識している様子は見受けられない。
二文字を繰り返すネーミングは原作者である永井豪の案だが、パターンが限られているため、いずれネーミングに苦しむことが予想されたことから、実兄の泰宇(ダイナミック企画)は当初反対したようである。
また、本作にも参加している上原正三がメインライターを勤めた後年の宇宙刑事シャイダーの不思議獣も同様のネーミングになっている。
ベガ獣
円盤獣に代わるベガ星連合軍の主力兵器。宇宙生物をロボットに改造したもので、円盤獣よりも生物的なデザインになっている。円盤獣のような円盤への変形機能は持たないが、戦闘力は円盤獣を遥かに上回り、ベガ獣第1号キングゴリは最強の円盤獣グルグルを一瞬で破壊した。
第1号キングゴリの名前から、円盤獣とは異なるネーミングになるものと思われたが、以後は円盤獣同様に二文字を繰り返すパターンに戻っている。
ミニフォー
ベガ星連合軍の戦闘用小型円盤。円盤獣やベガ獣と異なり大量生産されており、毎回多数が出撃して来ては撃破される。ひとまとめにミニフォー軍団とも呼ばれる。作業用と戦闘用の2種類が存在するほか、やや大きいミディフォーもある。
サイコ チューブ イニシャ コムデ ティーチ カクレミノ ビヨウ クロの景色 シェード テスト プラコ ノーヒッタ チャンピ シンタ シンパシー ジストニア カオリン リール ハイラ ガーター バブリ アセロ ダガナ くしがき ヒロイズム マジック さじ日本 テスラコイ ナイトツア トリップ でぃるは パーゴラ あせろら ファルス オーバ オーソラ ネイリ ビルジ マッチ ライト トスト チっつぐ ジャカー 真実の泉 フレッシ ミゼット レーション ケルシ 無情 ブーツ

本作は世界各国で放送されている。特に1978年7月3日から1979年1月18日まで『Goldorak(ゴルドラック)』と改題されてフランスの国営テレビ局「チャンネル2」で放送された際には、日本以上の驚異的視聴率を記録した。正確には平均視聴率75%、最高視聴率100%[3]。世代別の集計であること、当時のフランスにはチャンネルが3つしかなかったこと、人気のない裏番組との兼ね合い、等の条件が重なった結果だが、凄まじい人気を誇る作品だったことには疑いがなく、アニメファンの間では伝説となっているエピソードである。しかし、あまりの反響の大きさから、「フランス文化の侵略」を危惧する声が高まり、後に日本製アニメの放映規制にまで発展している。

パリ・マッチ(en:Paris Match)誌の1979年1月19日号にて、『ゴルドラック』の視聴率が100%を記録しキャラクターグッズが大ヒットしたことが取り上げられ[4]、同号の表紙も『ゴルドラック』が飾った[5]。

その人気ぶりは、日本でも発売されなかった敵役の人形が発売されるほどだった(ブラッキーが何故か大人気だったらしい)。また当時13歳の歌手、Noam Kaniel(現在は音楽プロデューサーをしている)が歌うシャンソン風のフランス版主題歌『Goldorak le grand(ゴルドラック・偉大なる者)』はフランス国内で異例の100万枚を超える大ヒットとなった[6]。放送終了後も何度も再放送が繰り返されている。ほかにも当時、日本の鉄鋼業界の経営陣らがフランスを訪問した際には「日本の鉄」に敬意を表し、会場に巨大なグレンダイザー像が飾られたが、日本側は『グレンダイザー』を視聴していた人が皆無に等しかったため、会場ではほとんど注目されなかったという。

また1978年4月から1979年1月12日まで『Atlas Ufo Robot(UFOロボットアトラス)』と改題されてイタリアの国営テレビ局「RAI 2チャンネル」で放映され、最高視聴率80%以上を記録している。

中東のイラクでは、1982年から夕方六時に放送され、放送時間になるとイラク中の路地から子供たちの姿が消えたというほどの人気を博した。宗派や民族をめぐって争いの絶えないイラクで、国民が唯一ともに共感し一致できる話題は、「サッカーかグレンダイザーしかない」という冗談まであるという。[7]

一方、アメリカでの放映の際には、1980年9月から半年の放送で、「ダンガードA」「ゲッターロボG」「SF西遊記スタージンガー」「グレンダイザー」「大空魔竜ガイキング」の五作で『フォースファイブ』として日替わりで放映された。全作とも26話分のみの放送で、既に玩具のショーグンシリーズのブームは過ぎ去っていたため、あまり人気は出ず、放送もごく一部の地域での放送だったという。

主人公二人の関係が同性愛的だとの理由で打ち切りになってしまったとの噂がまことしやかに一部で囁かれているが、全く根拠の無い出鱈目である。

2009年02月12日

アダルトゲーム(和製英語:Adult game)

アダルトゲーム(和製英語:Adult game)とは性的表現があるために成人向けに販売されているコンピュータゲームソフトのことを指す。通常、18歳未満の者の購入が禁じられている(まれに18歳以上推奨、16歳未満禁止のものもある)。特に断り書きがない限り、日本での事例について述べる。

年齢制限に着目して「18禁ゲーム」、あるいは性的表現があることに着目して「H(エッチ)ゲーム」、もっと俗に「エロゲー」とも呼ばれる。近年では「エロゲ」と呼ばれることが多い。
いしゅく モルゲン ソニック サシン プラウザー チャプ ノビル すいたい イルク トンブ じゅんさい エンジンシ テクニ クロス リーファ 青皮栗 きんし リターン ラリマール セリバシー ステンド トローク モーグル イヌツゲ リズム バスタブ スペース たまねぎ SEOハツ アオクサ ショット アップ オートモ ファイト リケッチア ぬく森 吾亦紅 ビリンビン ガロン ハナズオウ シェー シュピ へいどん ゲーター カレッジ レジデ カヌー マウンテン はなさか ハハコ

英語では「Adult computer and video games」(成人向けのコンピュータゲーム)の中の「Nudity in games」(ヌード画像が含まれるゲーム)というが、このうち「日本の漫画やアニメの絵を基調にしたCGでヌードが表現される成人向けコンピュータゲーム」を特に「Eroge」もしくは「H-game(Hentai-gameの略)」と呼んでおり、「Manga(マンガ)」・「Anime(アニメ)」・「Seiyuu(声優)」・「Otaku(おたく・オタク)」と並んで日本語読みが英語化されたサブカルチャー用語である。

一方、アダルトゲームのうち男性プレイヤー向けに女性キャラクターが登場するものは、アニメやマンガなどのそれに習い「美少女ゲーム」という呼び方もされる。ただし「美少女ゲーム」という場合には性的表現のないギャルゲーを含んで呼ばれる事もある。

男性プレイヤー向けに少年愛を描いた「ショタゲー」や、女性プレイヤー向けに男性キャラクターの同性愛を描いた「ボーイズラブゲーム」、女性視点で描かれる「18禁乙女ゲーム」もあるので、「アダルトゲーム=美少女ゲーム」の図式は当てはまらない。

今日のアダルトゲームのほとんどは、Microsoft Windowsをプラットフォームとするパーソナルコンピュータ(以下パソコン)向けソフトとして発売されている。

グラフィックは、マンガ・アニメ調の平面的な2次元コンピュータグラフィックスによる静止画像が主流で、日本では海外に多い実写映像や3次元コンピュータグラフィックスをもとにした作品は少ない。これは、32ビットゲーム機戦争以降3DCGの動画による表現が増加した日本のコンピュータゲームでも独特な存在となっている。このことが、マンガ・アニメのサブカルチャーと結びつき、オタク文化の一翼を形成するに至った。

ゲームジャンルは、育成シミュレーションゲーム・シミュレーションRPG・アクションゲーム・RPGもあるが、アドベンチャーゲーム・ビジュアルノベルが圧倒的に多い。一方、シューティングゲーム等は珍しく、Windowsが普及してからの市販ソフトに限定すると、『とびでばいん』(アボガドパワーズ 2001)、『ソニックプリンセス』シリーズ(PARSLEY 2001~)、『あおぞらマジカ!!』(Studio e.go! 2006)がある程度である。

男性を購入対象とするタイトルが中心だが、女性向けアダルトゲームも存在する。ただし、女性向けゲームは全年齢向けゲーム(主に家庭用)が主流のため、『王子さまLV1』(Alice Blue 2001)等のようにソフト本体は全年齢対象で作成し、18禁要素を追加する拡張ディスクを発売する方式もある(女性向けについては、ボーイズラブも参照)。男性向け作品を作るアダルトソフトメーカーが、女性向けのゲームを積極的に開発、販売してきたこと等が、アダルトゲームの市場規模拡大に影響している。

製作については、主なプラットホームがパーソナルコンピュータ上の一般的なオペレーティングシステムであるため、家庭用ゲームと違い高価なライセンス権や開発専用機器(例:ゲーム開発専用ワークステーション)等を購入する必要がなく、ゲーム本体は汎用的なソフトウェア開発キットが使用可能であり、画像や音声も一般的なツールを使って作成することが可能である。

そのため「裸を出しておきさえすれば、後は自由に創作意欲を満たせる」かつての日活ロマンポルノと同じ構造を持つに至り、資金や人材の乏しい者が創作を行う場として定着している。

販売に当たっては、メーカー間の自主規制や各都道府県の青少年保護育成条例等により、18歳未満の人物が購入することのないよう販売店における陳列の分離や販売時の年齢確認を徹底するよう通達がなされている。

家庭用ゲーム機において、性表現のあるアダルトゲームの制作は原則的に禁じられている。これは山内溥が社長だった任天堂の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)の全盛時代に、同社のライセンスを取得しない裏ソフトの撲滅について定めた自主規制が基盤となっている。

当時はマイコンと呼ばれていたパソコン用アダルトゲームの制作・販売を行っていた光栄(現 コーエー)やエニックス(現 スクウェアエニックス)(いずれも当時)などがそれをやめたのも、当時の任天堂の方針に合わせたためという説がある。当時、任天堂はパソコンを含む家庭用ゲーム機でアダルトゲームの制作を行っているメーカーの参入を一切認めず、ファミコンへの参入にあたってはアダルト要素を含むゲームの制作をパソコンなどでも行わないことを条件にしていたといわれている。

後継機「スーパーファミコン」や携帯ゲーム機「ゲームボーイ」などではグラフィック表現が向上したことなどからいくつかの移植作も存在するが、『ゲーム批評』のような雑誌のインタビューなどから、ギャルゲーを質の低い作品が多く家庭用ゲームソフト全体の質を大きく下げた元凶と見なしており、任天堂の家庭用ゲーム機向けの移植はあまり行われなかった。しかし社長が岩田聡に交替した後は従来の方針を変えつつある(詳細は任天堂を参照)。

一方、日本電気 (NEC) は過去の任天堂とまったく逆のスタンス、すなわち「ハードウェアが売れるならばソフトの質は問わない」というものであった。そのためNECが発売していた「PC-FX」では一時期アダルトゲームの制作が認められていたことがあり、過激な性的表現を抑え、レーティングを「18禁X指定」とした上で『同級生2』(1996年・NECアベニュー)、『Pia♥キャロットへようこそ!!』(1996年・カクテル・ソフト、PC-FX版は翌年自社発売)などが移植された。

アダルトゲームのコンシューマ移植
NEC以外でも家庭用ゲーム機への移植は盛んである。セガはNEC同様、アダルトゲームに大幅な規制をかけなかったこともあり、『野々村病院の人々』(1996年・エルフ)が「18禁X指定」で移植されたが、アダルトゲームと表現の規制の高まりによって、性表現をさらに薄くした「18歳以上推奨」というレーティングに移行して『同級生if』や『下級生』といった作品がセガサターンに移植された。『ファミコン通信』の初年度の集計で『野々村病院の人々』が32万本、『下級生』が25万本、『同級生if』が22万本の売り上げを記録している。

セガサターンと同時期の家庭用ゲーム機の雄、ソニー・コンピュータエンターテインメント (SCEI) の「プレイステーション」への移植にあたっては「ソニーチェック」と呼ばれるCGなどの表現に対する厳しい規制があり、アダルトゲームの移植作はほとんどなかった。この状況は『同級生2』(1997年・バンプレスト)、『To Heart』(1999年・アクアプラス)によって変化することになる。性的描写をすべて排除し、ノンアダルトのギャルゲーとして売り出すことでプレイステーションへの移植を果たした。

以後「原作のゲームと同一タイトルをつけることを認めない」というルールが制定され、著作権表示に元のブランド表記がない作品が多いという制約はあったもの、アダルトゲームのギャルゲー化は作品の販路拡大・メディアミックスの手法として定着していくことになるが、家庭用ゲーム機に性的表現を盛り込むことを放棄したともいえ、アダルトゲームとギャルゲーとの境界線があいまいになっていく。

プレイステーション2主流の時代には、タイトルは過去に他のハードウェアに移植されていないタイトルでもサブタイトルが付いている程度(もともとサブタイトルがあるタイトルでもサブタイトル部分が変更されている)であり、原作者表記についてはブランド名でなく法人名が表記されていたケースがあったが全般的なものではなく、プレイステーション時代に比べれば緩和されている。中にはパッケージ裏に原作者のロゴが表示されているものも存在するほどである。

だが過去の規制の名残でプレイステーションでもタイトルが完全に変わっている作品があるほか、表面上他機種からの移植といえる状況が発生しなくなった今日ではWindows版と同名で発売されるケースはない。後継機「プレイステーション3」での移植作は、プレイステーション2のシェアがいまだ健在なこともあり現状では少数にとどまる。

プレイステーションと同時期のゲーム機、セガの「ドリームキャストは規制を早い段階にコンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)のものに合わせたこともあり多数の移植作が作られ、本体の生産が終了した後もしばらくは移植作品が発売され続けていたほどである。しかし、SCEIの規制がCEROレーティングにある程度準拠したことなどによりドリームキャストへの存在意義が薄れ、発売タイトル数が減少している。末期ではドリームキャスト版でもサブタイトルが付くなどしてWindows版とタイトルが異なるケースもあった。

なおゲームメーカーにもよるが、原作となるゲームソフトの開発資金調達のためにコンシューマ移植・関連グッズの商品化・アニメ化といった各種メディアミックス展開などの諸権利について、開発の初期段階から資金を供給するゲームソフト卸の企業などへ譲渡されている作品も珍しいものではない。そのため原作ゲームの開発者自身の意志のおよばないところでマルチメディア展開が決定され、さまざまなメディアミックス展開が繰り広げられるパターンも、この業界では決して珍しいものではない。

移植と逆移植
アダルトゲームのギャルゲー化により、家庭用ゲーム機用のギャルゲーが逆にWindows版に移植されるようになった。単純にWindowsにエミュレートしただけの作品もあるが、中にはギャルゲーをアダルトゲーム化して売り出す作品も存在する。『6インチまいだーりん』(1998年・KID)が翌年にあいりゅによってアダルトゲームとしてWindowsに移植されたのが最初と考えられるが、原作自体の知名度の低さもあって一般化しなかった。その後も幾つか在ったが、CEROの15歳以上対象のギャルゲーで発売された『ToHeart2』(2004年・アクアプラス)を翌年にアダルトゲーム化したWindows版の『ToHeart2 XRATED』(Leaf)が発売されて広まっていく。ただし、その半数はアダルトゲームメーカーがギャルゲーを作った物であり、アダルト化移植は時間の問題と言った意見もある(Leafはアクアプラス内のブランド名)。また家庭用ゲーム機に移植する際、パソコン版所有者への売りの為に追加したキャラクターに性的描写を加えた上で逆移植する、といった作品もある(むろん逆もある)。

一方でアリスソフトのように、ほとんどの作品で性的な要素がゲーム内の根幹部に関わっており、ちょっとした改変によるギャルゲー化はコンセプト的に不可能という作品を作り続けているメーカーもある。もとより「強姦魔」が主役の陵辱系作品や、既に恋人同士だからと性行為以外やる事の無い作品では、非アダルトゲーム化は不可能である。

『加奈 〜いもうと〜』(ディーオー、1999)は病弱の義妹をヒロインに据えた作品だが、TBSの『NEWS23』の2001年2月14日放送で「美少女ゲーマーの涙」と題して、このヒロインに家族のような愛情を感じているという30代のおたく男性が取り上げられ、ネット上で大きな話題を呼んだ(2ちゃんねる内に実況中継のスレッドが残っている。本人による、TBSの意図的な編集に対する批判も行われた)。
2004年、TYPE-MOONのシナリオライター奈須きのこが『空の境界』を講談社から発表した。この他にも『WHITE ALBUM』(Leaf 1998)のシナリオを手がけた原田宇陀児が、ファウストで小説を発表した。横田守、林家志弦、ひよひよ、いとうのいぢのようなアダルトゲームの原画家が、『ティーンズ文庫』や『ライトノベル』などと呼ばれる少年層向けの文庫の挿絵作家や少年マンガ家を兼任する等、アダルトゲームの制作者が一般の作品に起用するケースが増えている。
この場合、仕事のし易さを考え、別名義を使っている場合もある。一方で、出版社側の意向によりペンネームを半ば強制的に変更させられたと噂されている者もいる。また、逆にライトノベルの作家が筆名を変えてアダルトゲームのシナリオを書いている例もある。
2006年、アリスソフトが公式サイト上で『ALICEの館7』に収録されていた『しまいま。』の全編無料配布に踏みきった。新作『よくばりサボテン』の販売促進の宣伝とはいえここまで思い切った形をとるものは珍しく、新たな販売戦略としてその効果が注目された。PC NEWSによる2006年4月下半期ソフト売り上げランキングで販促対象ソフトが1位を獲得したことなどから、この無料配布は低価格路線と相まって新規購買層の開拓にある程度貢献したといえる。

2009年01月26日

セロ弾きのゴーシュ

ゴーシュ
この作品の主人公。名前はフランス語の「不器用な」という単語から来ているという説がある(他にフランス語の「カッコウ」、チェロの擬音という説もあり)。「金星音楽団」という交響楽団に所属しているが、名前の通りセロ(チェロ)の演奏が下手でいつも楽長に怒られていた。しかし夜中の動物たちとの触れ合いで次第に成長していく。
三毛猫
ゴーシュの家を最初に訪れた動物。勝手に上がってきたうえゴーシュの畑から青いトマトばかり持ってきて、さらには生意気な知ったかぶりをしたので鬱憤ばらしのため、散々にいじめられる。
かっこう
かっこうの鳴き声のドレミファ(音階)を正確に習うためにゴーシュの家へ来た。プライドが傷ついたゴーシュに心身ともに傷つけられ、彼の後悔は後の祭りであった。
狸の子
小太鼓の係で、ゴーシュのセロに合わせてこいと言われてゴーシュの家へ来た。子狸に悪い所を指摘されても怒らず謙虚にうけとめる。
野鼠の親子
最後にゴーシュの家へ来た動物。ゴーシュはこの野鼠によって、自分のセロの演奏で動物の病気が治ると知る。この親子は戸棚のパンを失敬する泥棒であったがゴーシュは承知でパンを与える。

あらすじ
ゴーシュは町の活動写真館の楽団「金星音楽団」でセロ(チェロ)を弾く係。楽団では近く町の音楽会で演奏予定の「第六交響曲」の練習を続けていたが、ゴーシュは下手なためにいつも楽長に厳しく叱責されていた。そんなゴーシュのもとに、カッコウを始め様々な動物が夜毎に訪れ、いろいろと理由を付けてゴーシュに演奏を依頼する。そうした経験を経た後の音楽会本番で「第六交響曲」の演奏は成功し、司会者が楽長にアンコールを所望すると、楽長はゴーシュを指名した。ゴーシュは当惑しながらも、動物たちの訪問を思い出しつつ、「印度の虎狩り」という曲を夢中で演奏する。その演奏は楽長を初めとする他の楽団員から賞賛を受けることになった。

鑑賞
ゴーシュの性格は最初は粗野で、楽長に叱られた鬱憤晴らしに(弱者)生意気な猫を虐めるなど卑屈な若者として描かれている。しかし無償の行為を通じて次第に謙虚さと慈悲の心が芽生え、それによって真に音楽を理解できる青年へと成長していったという物語になっている。
なお、カッコウに謝罪しながら、猫への謝罪がないことについて、単に賢治が猫嫌いだったからという説や、猫を虐め過ぎると二度と帰ってこなくなる(謝罪でめでたしとならない生き物である)ことを賢治はよく知っていたという説、最後のせりふは回想であって、謝罪ではなかったという説など様々な議論がある。

賢治とチェロ
本作には、賢治自身が実際にチェロを練習した経験が反映されていると考えられる。賢治は農民の啓発と生活改善を目的とした「羅須地人協会」を主催していた時代に、農民楽団の実現と自作の詩に曲を付けて演奏することを目指してチェロを購入し練習した。1926年に上京した際には、新交響楽団(現在のNHK交響楽団の前身)の楽士だった大津三郎の自宅に練習のために通っている(賢治は「三日でチェロを演奏できるようになりたい」と頼み、大津は困惑しながらもレッスンを引き受けた。またこのレッスンは1928年の上京時にも行われたのではないかという説がある)。また、賢治が独習本(平井保三著『ヴィオロン・セロ科』)を抜粋して筆写したものが現存している。こうして熱心に取り組んだチェロであったが、お世辞にも演奏はうまいとはいえず、「ゴーゴースースー」と鳴るような状況であったと伝えられる。

このチェロは後に友人であった花巻高等女学校の音楽教諭・藤原嘉藤治のチェロと交換された。藤原のチェロには孔が開いており、この孔が本作に出てくる子鼠が出入りする孔のヒントになったともいわれる。賢治のチェロは戦争中は藤原が所有していたために、賢治の実家の空襲被害から免れることができた。現在、花巻市の宮沢賢治記念館に展示されている。

第六交響曲
ネオコ ダーリン ビザン じゅうも リューマ しゃかとう バウン シミュ クロレ スクウィ チンキキ バニリン ドレミ 喜びの泉 レプトン デニン プレス インビボ 太陽の記憶 スイーター スリーパー タイア レジャ リアシ リッター パール ブース ミクロ シネマイ ハーフ ブラック ゼニア シャンペン ひだまり ユーラ オービ キシロ みそぎ パドバ 太秋柿 ガールフ カーボン ケルベ ステゴドン プロト セラピー ショーウ サーチリス ラフト ラゲージ

作曲者
本作に登場する「第六交響曲」については誰の作品であるか明記されていないため、作曲者は不明である。1982年にアニメ化された際にはベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」が用いられた。

賢治と「田園」
賢治は多くのSPレコードを所有していたが、その大半は友人に譲渡するなどで手放してしまっている。そのなかで最後まで手元に残していた数点の中にベートーヴェンの交響曲第6番があった。このSPはハンス・プフィッツナー指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による録音で、現在もCDで入手可能である。

映像化作品
1949年 - 映画『セロひきのゴーシュ』/製作:日本映画
1963年 - 映画『セロひきのゴーシュ』/製作:学研映画局/声の出演:加藤弘、上田恵子、堀絢子、松島みのり、貴家堂子、増山江威子
1982年 - 映画『セロ弾きのゴーシュ』/製作:オープロダクション、監督:高畑勲/声の出演:佐々木秀樹(ゴーシュ)、雨森雅司(楽長)、白石冬美(ねこ)、肝付兼太(かっこう)、高橋和枝(子だぬき)、よこざわけい子(野ねずみの子・ヴィオラの娘)、高村章子(野ねずみの母)、槐柳二(コンサートマスター)、矢田耕司(司会者)、千葉順二(チェロ主席)、三橋洋一(Aさん)、峰あつ子(団員)、横尾三郎(団員)
原作に登場する「インドの虎狩り」や「愉快な馬車屋」は元々架空の楽曲だが、1982年のアニメ映画版では音楽を手がけた間宮芳生が新たに作曲した。

オペラ、ミュージカルなど
1986年 - 林光 オペラ《セロ弾きのゴーシュ》
2005年 - 白石准 山猫合奏団による語りと音楽《セロ弾きのゴーシュ》
2008年 - 中村彩子 オペラ《セロ弾きのゴーシュ》

2009年01月18日

ルイ16世の弟であるルイ18世がフランス国王

ナポレオン1世の失脚後、ルイ16世の弟であるルイ18世がフランス国王に即位した。ナポレオンが一旦エルバ島を脱出して復権すると亡命するが、ナポレオンの最終的失脚にともなって復位した。このブルボン家の復古は、ウィーン議定書で諸外国によって承認された。

一般に保守反動体制とされるウィーン体制だが、かつてのアンシャン・レジームへ完全に回帰したわけではなかった。復古王政下では制限選挙による立憲君主政が採られ、法の下の平等・所有権の不可侵・出版や言論の自由などが認められていた。すなわち、身分制社会の枠組みは復活しなかった。しかし、1824年にルイ18世が死去すると、その弟のシャルル10世が即位し、亡命貴族への補償を行うなどさらに反動政治を推し進めた。王への反発が強まる中、アルジェリアに出兵して関心を対外関係に向けようとするが、高まる自由主義運動に対して抑圧を図ると、1830年に七月革命が勃発してシャルル10世は失脚した。この革命の中心は立憲君主派であったために共和政には移行せず、自由主義に理解を示すオルレアン家のルイ・フィリップが王として選ばれた。

七月王政
1830年-1848年)

1830年7月、自由主義者として知られたオルレアン家のルイ・フィリップがフランス王となった。ここからの彼の治世を7月王政と称する。政治体制は立憲君主制が採られたが、極端な制限選挙により一部の大ブルジョワジーしか政治参加が認められなかった。フランス産業革命の勃興にともない形成された中小ブルジョワジーや労働者は選挙法改正運動を展開したが、政府がその抑圧を図ったことなどから二月革命が起こり、ルイ・フィリップは退位へ追い込まれた。この二月革命がヨーロッパ全体へと波及、1848年革命と総称される変動を引き起こすことになった。

第二共和政
1848年-1852年)

1848年の二月革命によって、ラマルティーヌが首班となり、アルベール、ルイ・ブランなどが入閣した臨時政府が成立する。この段階ではラマルティーヌを中心とするブルジョワ共和派と、ルイ・ブランなどに代表される社会主義者の連携が図られていた。しかし、国立作業所など諸政策をめぐって対立が深まり、1848年の4月総選挙において社会主義者が大敗したことを受けて、国立作業所が閉鎖された。これに反発したパリの労働者が六月蜂起が起こしたが、カヴェニャック将軍によって鎮圧された。

この一件は、これまで革命の担い手であったブルジョワジーに、社会主義革命への恐怖を抱かせた。それゆえに彼らはこれ以上の改革を求めずに保守化し、市民革命の時代は幕を閉じた。ブルジョワジーや農民の間には、政治的混迷を収拾しつつも市民革命の諸成果を守る強力な指導者が待望されるようになった。こうした中、新たに制定された第二共和政憲法に基づき、1848年12月の選挙で圧倒的支持のもとにルイ=ナポレオンが大統領に選ばれる。その後ルイ=ナポレオンは議会との対立を深め、1851年12月に国民投票により皇帝に即位する。

皇帝に即位したナポレオン3世は、クリミア戦争・アロー戦争などあいつぐ外征の成功を通じて自らの威光を高めた。その一方で、ジョルジュ・オスマンに大規模なパリ市の改造計画を推進させたり、フランス各地を結ぶ鉄道網を整備するなど、大規模なインフラ整備を通じて工業化を推進した。この際に創出された雇用は失業者の救済にもつながった。その統治の前半は、言論・出版の自由が制限されるなど権威主義的な統治体制であったが、労働立法を通じて労働者の支持も勝ち取りつつ、工業化を推進させることで新興のブルジョワジーの期待にも応えた。こうして、フランス国民各層からの直接的な支持を基盤に、議会を牽制しつつ政治運営を行った。こうした統治方法には、のちの大衆民主主義にも通じる要素が見いだされる。

しかし、こうした彼の権力基盤は、華々しい成功を維持し続けることでしか支えることはできなかった。1860年代になると、アメリカ大陸への影響力強化を図ったメキシコ出兵の失敗でその威光を低下させた。1862年にはサイゴン条約でコーチシナ東部を獲得しベトナム進出を進めていくが、このことも彼の威光回復にまではつながらなかった。また、自由貿易体制をとったことで、イギリスからの工業製品流入にさらされ、国内産業が打撃を受けていた。こうした失政が続くと、議会をおさえて権威主義的な統治を行うことも難しくなり、議会との妥協を迫られることが多くなった。さらに、世論を自らの権力正当化の基盤としていたため、ビスマルクによるエムス電報事件で反独世論が高揚すると、対ドイツ開戦やむなしという状況に追い込まれた。この点で、かつて自らを支えた世論がみずからの首をしめる結果になったといえる。こうして1870年より普仏戦争が勃発したが、セダンで捕らえられ第二帝政は終わりを告げた。

1875年の第三共和国憲法によって正式に第三共和政が発足した。普仏戦争の敗北にともなうアルザス・ロレーヌの喪失と、50億フランという高額な賠償金は、フランスの対独ナショナリズムを高揚させた。そのため、ブーランジェ事件やドレフュス事件を引き起こすことになった。
フィーバー プレイン ニソガラ てっさく ヒット ロイター 花いちもん スダコタ まんば 甘露国内 ダウト 茜色の約束 イコン デジポ 田園列車 ライプチヒ スキャ ジンビター ププス セレナーデ チガヤ ジャスト ドライカ サンカ デッド 場春夢 スーパー カジスカ ピアサポト マンボウ モンド クロミッド タロミクス せっせっせ レーン ナイト いまさく リース あずきいろ カートリ チューハ レビュ フィン ふすまえ シャブシ カーソル ベロニカ キャリ バビロニ キャラ


しかし、第二帝政期に急速にインフラが整備されたこともあり、工業化は順調に進展した。金融資本の形成も進み、広大な植民地やロシアなどへの投資を積極的に行った。

外交的には、ドイツ・ビスマルクの巧みな外交政策によって孤立を余儀なくされ、この間にアジア・アフリカにフランス領インドシナ連邦などの植民地を形成させた。しかし、1890年のビスマルク引退にともなってヨーロッパ外交の枠組みが大きく変化し、1891年(交渉終了は1894年)に成立した露仏同盟を皮切りに、各国と同盟関係を結んでいった。

第一次世界大戦

戦間期フランス

[ヴィシー政府
1940年-1944年)

外見的には合法的な親独的中立政権として成立したが、国内の諸政策には強くドイツの意向が反映されるなど、事実上はドイツの傀儡政権であった。フィリップ・ペタンを首班とした。

一方で、シャルル・ド・ゴールは亡命したロンドンに自由フランスを組織して、ナチス・ドイツに抵抗した。

1944年-1946年。シャルル・ド・ゴールを首班とする政権。ドイツ撤退後は1947年に第四共和政憲法を成立し、第四共和政に移行。

第四共和政

1946年10月に成立。多党分立で議会優先であったため内閣は短命で、政情は不安定だったが、戦後復興を立ち上げ、石炭鉄鋼共同体などヨーロッパ統合政策を開始。1945年から1954年にかけて第一次インドシナ戦争を経験、ディエンビエンフーが陥落し、ジュネーブ休戦協定で撤兵。さらにアルジェリア戦争が起こり財政危機に陥ると、第五共和政に移行。

第五共和政

1959年から現在に至る政治体制。アルジェリア戦争に際して無力さを露呈した第四共和政は、シャルル・ド・ゴールの再登場によって第五共和政へと移行した。第五共和制では大統領に強い行政権限があり、アルジェリアの独立、さらに中華人民共和国の成立を承認し、冷戦下では西側陣営でありつつも独自路線を貫いた。1960年には核兵器の開発に成功。五月危機の翌年にフランソワ・ミッテランが当選し、フランス共産党との左派連合政権となる。第5代大統領のジャック・シラクは、アメリカのイラク戦争では派兵を拒んだ。現在は保守派と革新派が大統領と首相を分け合う、保革共存(コアビタシオン)と呼ばれる状態が続いている。