1318年頃にはケベクがハンに即位するが、彼は即位前の本拠地であったカシュカダリヤのカルシに宮殿を築いて居座った。このころより、遊牧民の都市定住化、それにともなうイスラム化、および言語的なテュルク化が進んだが、それが遊牧国家特有の、部族集団間の政治的対立を深刻なものにしていったと考えられる。
チャガタイ・ウルスは始祖チャガタイの時代こそムスリムの宗教的慣習を遊牧民の法令で規制して抑圧したが、チャガタイの曾孫にあたるムバーラク・シャーがその名からもムスリムであることが明らかなように、チャガタイの孫、カラ・フレグやオルクナ以降の世代では、中央アジアの住民の大多数を占めるムスリムに対して融和的であった。ムバーラク・シャーより後は、ケベクまでは仏教徒であったとされるが、1324年に即位した弟のタルマシリンはイスラムに改宗し、足繁くモスクに通う敬虔なムスリムとなっていた。
このころより、マーワラーアンナフルのオアシスに定着し、都市文明に慣れ親しんでいた西チャガタイ・ハン国の人々は、ハン国の始祖の名を取って自らを「チャガタイ」と自称するようになった。チャガタイ人たちはイスラム化・テュルク化が進み、特に言語的には完全にテュルク化していたので、歴史家に「チャガタイ・トルコ人」(トルコ人はテュルクと同義)と呼ばれることもある。
これに対して、東のセミレチエやイリ渓谷など天山山脈北麓の草原地帯で純粋な遊牧生活を保っていた諸部族は、自身を「モグール(モンゴル)」と自称してモンゴル帝国以来の遊牧民としての矜持を誇り続けた。モグールたちはモンゴルの伝統を失ったチャガタイ人たちを「カラウナス(混血児)」と呼び、チャガタイ人たちは都市文明を理解しないモグールを粗野な人々と蔑んで「ジェテ(夜盗)」と呼んだ。
このような分裂傾向も加わって、タルマシリンより後のチャガタイ・ハン国は、ドゥアの子孫の間でハン位が頻繁に交代される混乱に陥り、20年ばかりの間に何人ものハンが改廃された。1340年頃より後には、チャガタイ・ハン国はおおよそパミール高原を境界として政治的に完全に東西に分裂していた。
分裂後のチャガタイ・ハン国のうち、イリ渓谷およびセミレチエの草原を中心に東トルキスタンを支配した東部のモグールたちの政権を東チャガタイ・ハン国、マーワラーアンナフルを中心に西トルキスタンの南部を支配した西部のチャガタイ・トルコ人たちの政権を西チャガタイ・ハン国という。
東西チャガタイ・ハン国の再編と消滅 [編集]
15世紀半ばになると、西チャガタイ・ハン国ではチャガタイ家のハンが完全に実権を失い、アミールの称号を持つ有力な部族の指導者たちが各オアシスに割拠してハン国の覇権を争うようになった。
一方、東チャガタイ・ハン国では一時的にハンが断絶したが、1347年頃にドゥアの息子エミル・ホージャの落胤であるというトゥグルク・ティムールという少年が発見され、東チャガタイ・ハン国のハンに即位した。トゥグルク・ティムールは天山山脈の南に広がるタリム盆地の諸オアシスを制圧し東トルキスタンを再統一すると、1360年にはシル川を渡河してマーワラーアンナフルに侵入、西チャガタイ・ハン国の諸部族を服属させてチャガタイ・ハン国を一時的に再統一した。トゥグルク・ティムールの死後、マーワラーアンナフルの諸部族は再びハンから離反したため統一は失われたが、彼が再編して以降の東チャガタイ・ハン国は史料上「モグールのウルス」と呼ばれるようになり、モグールの支配したイリ渓谷周辺は「モグーリスタン」と呼ばれたのにちなんで歴史家によって「モグーリスタン・ハン国」と呼ばれている。
トゥグルク・ティムールの死後再びアミール同士の抗争が再燃した西チャガタイ・ハン国では、トゥグルク・ティムールによってバルラス部のアミールに任命されていたティムールが勢力を伸ばし、1370年にマーワラーアンナフルを統一した。ティムールの開いたティムール朝は、君主がチンギス・ハーンの血を引いていないという弱点があったので、チンギス・ハーンの末裔の王子を傀儡のハンとして擁立していたが、もはやそのハンの出自はチャガタイ家であることにはこだわられず、やがて傀儡のハンも立てられなくなった。
モンゴル帝国の再統合を目指して勢力を拡大したティムールは旧主のモグーリスタン・ハン国にも出兵し、一時はこれを服属させたこともあるが、モグーリスタン・ハン家はこれ以降も存続した。しかし15世紀の前半になるとジョチ・ウルスの流れを汲むウズベク、カザフという二大遊牧集団に圧迫され、モグーリスタンの王族や諸部族は次第に南遷してタリム盆地のオアシスに移り、かつてのチャガタイ人と同様に定住化・テュルク化していった。
16世紀には、チャガタイの末裔の王族たちはヤルカンド・ハン国を形成してタリム盆地西部のオアシスの支配者になっていたが、政治の実権は次第にイスラム神秘主義教団のホージャたちに奪われていった。1680年、タミル盆地は全域がチベット仏教徒のモンゴル系遊牧民ジュンガルのハン、ガルダンの手に落ち、これによりチャガタイ家系のハンによる政権は消滅した。
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